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札幌高等裁判所函館支部 昭和44年(ネ)36号 判決 1970年1月29日

控訴人

渡辺悌治

佐藤秀太郎

河内春代

以上三名代理人

樋渡道一

被控訴人

西村鶴吉

代理人

熊谷正治

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

函館地方法務局昭和三九年一二月二四日受付をもつて原判決末尾目録(一)記載の表示登記(以下(一)の表示登記という)が存し、これには同法務局同年同月二六日受付第二七八七九号による所有権者を訴外大倉亮郷とする所有権保存登記があること、また同法務局昭和三九年一二月二一日受付をもつて原判決末尾目録(二)記載の表示登記(以下(二)の表示登記という)が存し、これには同法務局昭和四〇年一月六日受付第一一一号による所有権を控訴人渡辺とする所有権保存登記がなされ、その後同法務局同年六月七日受付第一一九八二号による控訴人佐藤への所有権移転登記、同法務局同四一年五月二日受付第一〇〇〇一号による控訴人河内への所有権移転登記が各経由されてあることはいずれも当事者間に争いがない。

そこでまず右(一)の表示登記のなされた居宅と同(二)の表示登記のなされた居宅とが同一なりや否やにつき検討するに、<証拠>を総合すれば、訴外大倉亮郷は昭和三九年三月四日付建築確認通知書に基づき、函館市湯川町三丁目二二番地の九地上に木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅一棟床面積50.1192平方米を建築したこと、右居宅は昭和三九年五月当時排水管、タイル張り等の工事は施されていなかつたが建物本体の築造を了して不動産としての形態を備えていたこと、同月八日控訴人渡辺の岳父亡河内勝三郎と前記大倉亮郷の代理人と自称する株式会社大倉開発社長渡辺毅との間で代金を八〇万円と定めめて前記居宅売買の約定が成立したが、河内勝三郎は株式会社大倉開発に対して内金三〇万円を右成約日の前である同月四日に既に支払つていたこと、しかし売買契約書(乙第一号証)の文書上には大倉亮郷本人が売主として締結しかつ前記三〇万円を手附金名義で即日受領し渡辺毅個人は立会人にすぎない形式が整えられたこと、同月二五日河内勝三三は株式会社大倉開発に対し残額五〇万円の支払を了したこと、ところで前記居宅の施工者である株式会社大倉組は建築確認申請等の事務処理をすべて建築設計業者である小川公也に代行させて函館市建築課より交付される建築確認通知書も同人に保管を託していたものであるところ、右小川公也ないしその被用者は前記渡辺毅等株式会社大倉開発の者と意思を通じないしは情を知らないで利用されて大倉亮郷の実印の押捺してある書面を用いて同年五月二六日付をもつて前記居宅の建築主が大倉亮郷より控訴人渡辺に変更した旨の建築確認通知書の記載事項変更届(甲第三号証)を作成し、これが函館市建築課に提出されて同月二八日付で受理されたこと、なお前記居宅は形式的には買主名義を河内勝三郎としたものの実体的には前掲買受代金全額は控訴人渡辺が出捐したものであり控訴人渡辺夫妻が取得、居住するものであつたので右実体にそうべく新建築主を控訴人渡辺と変更する書面が作成されるに至つたこと、同年一一月二四日右居宅につき建築基準法所定の検査済となつたこと、その後控訴人渡辺は建築主名義が自己に変更済の建築確認通知および検査済証を添付して登記申請をなし前示争いのない(二)の表示登記および同控訴人のための所有権保存登記がなされたこと、他方大倉亮郷は自己の建築業資金捻出のため前記居宅につき抵当権を設定する必要に迫られたが建築確認通知書が手裡に存しないことから、これに代えて施工者の建築証明書を添付して登記申請に及び前示争いない(一)の表示登記および大倉亮郷のための所有権保存登記がなされたこと、以上の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定事実によると、(一)の表示登記および右の登記用紙上にある大倉亮郷のための所有権保存登記と(二)の表示登記および右登記用紙上にある控訴人渡辺のための所有権保存登記とは、いずれも同一の建物であること、すなわちこの建物は大倉亮郷が建築し、かつ河内勝三郎が大倉亮郷の代理人という株式会社大倉開発より買受けてその後控訴人渡辺において取得した前示居宅を対象とするものなることが明かである。なお右(一)、(二)いずれの表示登記並に保存登記ともその床面積において本件居宅の床面積である前示50.1192平方米とは多少の相違を生じているが、その差は数平方米以内であつて該各登記は事実状態の同一性を表わすに足りかつ建物の所在、種類、構造は実際と全く一致しているのであつて、(一)の表示登記並に保存登記と(二)の表示登記並に保存登記とがともに本件居宅を指すものであることに変りがない。

してみると、本件居宅については、大倉亮郷名義と控訴人渡辺名義との二重の保存登記が存するものといわざるをえない。

そこで、名義人を異にする右二個の保存登記の効力について審究するのに、単一の不動産については単一の登記用紙をもつて表示すべきものとなす不動産登記の原則よりして、先になされた保存登記の表示が実際と大要合致して事実を表現するに足りかつ先になされた保存登記が実体上の無権利者を顕現するものでない限りは、後になされた保存登記がたとい実体上の権利者によるものであつてもこれを無効となすべきである。この理を本件に即すれば(一)の表示登記並に保存登記が実際と大要合致していること前示のとおりであり、更に仮に控訴人ら主張のごとく大倉亮郷より河内勝三郎が買受けその後控訴人渡辺において取得したとしても、大倉亮郷自身も亦本件居宅の所有権を新築により原始的に取得していること既にみたとおりであるから、同人が実体上の無権利者でないこと明かであり、同人が自己名義の保存登記を先に経由している以上これに後行する控訴人渡辺の保存登記は無効といわざるをえない。

次に控訴人らは、二重登記の優劣は保存登記の先後ではなく表示登記の先後をもつて基準とすべきであり、先になされた表示登記に淵源する控訴人渡辺の保存登記こそ有効である旨主張するが、表示登記は昭和三五年法律第一四号「不動産登記法の一部を改正する等の法律」により設けられた新制度であつて、旧台帳制度に代り権利の客体である不動産の現状を明らかにすることを目的とするものにすぎず、権利関係の公示を目的とする保存登記等の権利に関する登記とは異るから、権利の効力ないし優劣を定める基準は権利に関する登記(保存登記等)によらなければならず、表示登記によることはできない。表示登記にも不動産所有者の表示がなされるけれども、これは不動産に異動を生じた場合の登記申請義務者、所有権保存登記の申請適格等を判断するためのものであつて、これがため保存登記と同一の効力を有するものではない。従つて控訴人らの主張するように(二)の表示登記が(一)の表示登記より先になされていても、控訴人渡辺の保存登記が大倉亮郷の保存登記よりも後れる以上、控訴人渡辺の保存登記は無効といわざるを得ない。控訴人らの右主張は理由がない。

そうすると控訴人渡辺名義の保存登記を基礎としてなされた控訴人佐藤、同河内の前掲各所有権取得登記も亦無効というほかない。

しかして、昭和四一年六月一三日被控訴人および訴外米沢駒吉が(一)の表示登記並に大倉亮郷のための保存登記がある建物を共同競落により取得しその旨の登記を経由したことは当事者間に争いがなく、これが本件居宅そのものであること前認定、説示のとおりであり、したがつて被控訴人は右居宅に対する所有権の妨害排除として、控訴人三名の前示所有権保存あるいは取得登記の各抹消登記手続を求めうること明かというべく、被控訴人の本訴請求は理由がある。

してみれば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件各控訴は失当として棄却を免れず、よつて民事訴訟法三八四条一項、九五条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(辻三雄 近藤暁 今枝孟)

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